岩国錦帯橋悲話

今でこそ、岩国の観光資源である。

錦帯橋

しかし、そこには思わず涙の物語があるのです。

 

題して、よこばかまの男

それでは開演!!!!

 

昔々、錦帯橋を作ることを決めた、岩国藩の殿様、

しかし、ご存知の方も多いでしょうが!

当時、橋を作るときには、人柱を必要としていました。

そこで、岩国藩の領民たちは、大騒ぎ、それはそうですよね。

自分が埋められては大変です。

そのとき、中年の男の声が、

いまこの場にいるもので、よこばかまの袴をはいてるものを、人柱にしようと

人々はどよめきました。当時(僕もよく分からないのですが、横ばかまとは簡単に言えば、横に筋、たてばかまは、縦に筋と思ってください(多分ですが、何分子供のころなので汗))たてばかまが主流で、よこばかまをはいてる人が少なかったこともあります。

でも、領民大喜び、だって自分の袴は縦だから、

そこで、さっそくよこばかまをはいてるものを探したのでした。

しかし、な、なんと横ばかまをはいてるのは、発言した男だったのです(岩国男の理想ですね)

そして、男が人柱になることが決まりました。

 

ですが、ここであることが起きます。

 

男には2人の娘がいたのですが、その娘たちが大反対

それはそうですね。自分の親ですもんね。

と普通の人なら思うでしょうが、なんと2人の娘が反対の理由が凄い。

「お父様は、これからも岩国のためになる人です。」

「そうです、ですから、人柱には私たちがなります。」

そこで、轟轟たる家族会議の結果、2人の娘が人柱になることが決まりました。

そして、2人の娘が、人柱となり、当時の錦帯橋が造られたのです。

 

その2人の娘の加護は、今もあり、岩国錦帯橋の架る錦川の河川敷にある石に、

2人の娘が、小さく石人形となり張りついてるとのことです。

もし、河川敷に行くことがあれば、石をひっくり返してみてください。

きっと、そこには岩国に来てくれたあなたの為に、微笑む2人の石人形があるかもしれません。

 

多少、想像も入ってますが、子供のころに知った話で、岩国について一番印象に残った話です。

どうでしたか、あなたの町の昔話も、よければ教えてください。

 

気分を変えて、今日の話し、なんせ 昨日の今日、筋肉痛ばりばり

作業もミスがあり、担当を下ろしてもらうことに、自分はこれからどうなるか?

心配なkajiya36でしたとさ(頑張ります) (ほんとかよ?) (成せば成る)・・・・・・!

1000文字まで、あと少し、がんばれー。

達成!<(_ _)>

また、おいでませ(来て下さい)

うつけの采配(上) (中公文庫)

うつけの采配(下) (中公文庫)

うつけの采配